「つまり、その“シユウ”という中国の神だか怪物だかの祭りが、“ ”だというのだな」

 受話器の向こうで、ウェザラル卿が唸った。
「それで、その化け物が我々のバリツとどう繋がるのだね、テディ」
「中国には“蚩尤戯”という格闘技が存在することがわかりました」
「シユウギ・・・?」

 しゆうぎ【蚩尤戯】
  角觝戯(かくていぎ)〔相撲のような格闘技〕の前身。
  南北朝時代の『述異記』巻上に、「秦代から漢代にかけて、蚩尤氏は鬚が剣や
 戟に似、頭に角が生えていて、軒轅(けんえん)〔黄帝の号〕と戦ったとき、その角
 で人びとと觝(たたか)ったので歯向かえなかった。今の冀州〔現在の河北省高邑
 県を中心とする地域〕に「蚩尤戯」という遊びがあって、頭に牛の角のような頭巾を
 かぶり、二、三人ずつ組んで觝ったといわれている。漢代に角觝戯が行われるよう
 になったのは、おそらくその名残りであろう」とある。
                       (袁珂『中国神話・伝説大事典』大修館書店)

「では、そのシユウギこそが、バリツの原型だということか」
「いえ、おそらく逆です。バリツを簡略化したゲームが蚩尤戯でしょうね。角觝戯の
大元にもなったスタイルであれば、我々がバリツの技術体系を相撲起源であると
思い込んでしまったのも無理はありません」
「ムゥ・・・」

 古来より、世界各地で相撲によく似た格闘技が発生したことは、BBCも認識して
いた。紀元前3000年頃の古代イラクのハファージ遺跡で発掘された青銅器には、
革帯を締めた男二人が、右四つに組んだ姿で描かれている。前500年頃のナイル
河横穴墳墓の壁面には、相撲の取り組みのような形が数多く描かれている。
 インドには、若き日の釈迦がいとこたちと相撲を取り、その勝者となって美姫を嫁
にしたという説話が残る。中国では、力比べを角觝あるいは角力と呼んでいた。
  おそらくは、人間の本能に根ざしたプリミティブな格闘技が、相撲に類する競技
なのだろう。

 

「中国には、“避諱(ひき)”という習慣があります。これは、父母や先祖、あるいは
尊敬する人物の本名を使うことを避けるというものです」
「私がシャーロック・ホームズ氏を“グレート・マスター”と呼んでいるようなものか」
「そうです。戦いの神としての蚩尤を信奉する武闘集団が、 という言葉を用いて

蚩尤のことを表現したのでしょうね」
「なるほどな・・・。それから、“律”はルールという意味だったな」

「ええ。ですから、 とは、“蚩尤の掟”といった意味に取れます。蚩尤を奉ずる
者たちが使った、相撲に似た格闘技。それこそがバリツです」

「そうか・・・いや、よくやった、テディ。私はまだいささか混乱しておるがね・・・」

「それにしても・・・まさかバリツが中国起源だったとはな・・・」
 葉巻を吸って気を落ち着かせたいと一旦電話が切られたが、十分も経たずに、
ウェザラル卿は掛け直してきた。
「いえ、起源は確かに中国ですが、ホームズ氏にそれを伝授した人物が日本人
であることは間違いありませんよ」
「なぜだね・・・?」
「あの漢字は、中国語では“マリュイ”と発音するからです。それを日本語読みの
“バリツ”で呼んでいますから」
「それでは、バリツは日本に渡った、ということか」
「はい。中国の蚩尤戯は、今日では形骸化して舞の一種になっているようです。

おそらくは中国での“ ”も、似たような運命を・・・。それにですね・・・」

 私は、ワザとここで言葉を区切った。
「それに、なんだね?」
「蚩尤を祀る神社が日本にもあることがわかりました。詳しい調査はまだですが」
「なんだと、本当か!? よし、テディ、今すぐそこへ調査に向かえ。そして、バリツが
どうやってグレート・マスターに伝えられたのかを突き止めるのだ」
「いやァ、そうしたいのはヤマヤマなんですがね。いくら日本が狭いといっても、
飛行機に乗らなければ行けないところもあります。つまり、その・・・取材費として、
先立つものを送っていただければ、直ちに現地に飛びますがね・・・」
「なんだって? よく聞こえんな、国際通話はこれだからイカン。とにかく頼んだぞ!!」
 ガチャン!! ツーツーツー・・・。
「おいコラ!! 待ちやがれジジィ!!」

 さらなる調査結果は、しばしお待ちを!!

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